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第27回 親子二代が腕を振るう、北播磨どら焼の名店

親子二代が腕を振るう、北播磨どら焼の名店

佐保神社の門前町として発展した兵庫県加東市(旧社町)。この町に社菓庵末永がオープンしたのは30年前。看板商品は、若き和菓子職人が修行先から受け継いだどら焼。地方の小さな町に、遠くからわざわざ足を運びたくなる名店がある。それだけで十分にサクセスストーリーだが、末永ではまさに今、和菓子の世界の技術継承が現在進行中だ。二世代体制になった名店の今を追った。

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末永和明さん/さゆりさん
社菓庵 末永(やしろ かあん すえなが) 代表/店長(兵庫県加東市)

大阪の大学を卒業後、大阪の老舗和菓子店で6年間修行して帰郷。1988年、社菓庵末永をオープン。修行先から受け継いだどら焼が評判となり人気店に。結婚後は妻のさゆりさんが店舗運営や販促を担当。創業30年を迎え、次世代のスタッフの商品企画のサポートもしながらラインナップ拡充を続けている。

末永和明さん/さゆりさん

若き和菓子職人が受け継いだ名店の味

若き和菓子職人が受け継いだ名店の味

地元で「どら焼の末永」として親しまれている和菓子店、社菓庵末永(やしろ かあん すえなが)。季節を問わずどら焼を求める客が引きも切らないこの名店が、今年創業30年を迎えた。そのどら焼について、店主で和菓子職人の末永和明さんに伺った。

「名物のどら焼はいつから?」
「30年前に開店したときからです。この辺は田舎なので、上生菓子のような品の良いものはあまり売れないだろうと思って、食べ応えのしっかりするお菓子と言ったらこれだろうと始めたのがどら焼です」
「どら焼のような定番の和菓子でお店独自の特色を出すのは難しそうですが?」
「特色‥‥というか、私は大阪の老舗の和菓子屋さんで修行させてもらいまして、そこもどら焼が有名なお店なんです。その修行先から受け継いだもので、30年間、ほぼ、いやまったく変わってないです」

6年間の修行時代を過ごした住吉菓庵喜久寿は、各地の和菓子店から跡取りが修行に来る由緒ある老舗。修行時代に会得したその味、形を守って、作り続けているのだという。

「あの、私が話していいですか。季節によって餡の練り具合や、皮の水分を微調整したりと、こだわりはいろいろあるんですけど口下手なもので‥‥(笑)」

そう言って話を引き取った妻のさゆりさんにも、先ほどと同じ質問をしてみた。

「結局は味だと思います」

直球の答えだった。

しっとり感のある、むらのない焼き色の皮。以前は1枚1枚手焼きしていた。
しっとり感のある、むらのない焼き色の皮。以前は1枚1枚手焼きしていた。
刻み栗が味と歯ざわりのアクセントになっている餡。
刻み栗が味と歯ざわりのアクセントになっている餡。
昨年、修行先から帰郷した後継者の宗一郎さん。
昨年、修行先から帰郷した後継者の宗一郎さん。
職人ならではの経験で絶妙の練り具合に仕上げていく。
職人ならではの経験で絶妙の水分量、硬さ加減に仕上げていく。

身をもって体験した「看板商品を持つ」という強み

身をもって体験した「看板商品を持つ」という強み

「私は結婚前は京都にいて、京都の和菓子も随分食べていたので、そこまで期待せずに主人のどら焼を初めて食べてみて『あれ?』って思ったんです。それまで食べたどら焼の中でダントツでした」

さゆりさんの心をどら焼が射止めたのかどうかは分からないが、和明さんが独立開業を果たしてほどなく結婚。2、3年経った頃には、わざわざ遠方から買いにくる人もいる看板商品になっていた。午前中で完売してしまうと、追加で作るために一旦店を閉め、でき上がるとまた午後から店を開ける。そんな日々が数年続いたという。

「客層なんてあるんですか?」
「どら焼は、老若男女みんなが好きですけど、このあたりだとビジネスの手土産、ゴルフの景品としても買っていかれますね」

和明さんは加東市(旧社町)を「田舎」と謙遜していたが、実は周辺には大手企業数社の工場が建ち、日本有数の「ゴルフ場銀座」と呼ばれるエリアもほど近い。「自社ロゴの焼印を入れてほしい」という企業もあり、オリジナルの焼きごてを店で預かっているという。重宝されるのは必至だろう。創業5年目に皮を焼く工程を機械化してからは、1日に3000個を売り上げる日もあるという。

「ただ、うちのどら焼は皮の周りを全部ふさぐんです。皮で挟んだ餡が見えているどら焼もありますけど、あれだと餡の水分が飛んでしまうんです。皮をつぶさずに皮同士をくっつける力加減はとても微妙なので、これだけは完全手作業です」

熱いうちに成形して飛び鮎の形を表現した「若鮎」。
熱いうちに成形して飛び鮎の形を表現した「若鮎」。
目にも涼しげな涼菓の数々と夏の上生菓子。
目にも涼しげな涼菓の数々と夏の上生菓子。
羊羹各種。手前から奥へ「栗羹」「五峰山」「社小路」。
羊羹各種。手前から奥へ「栗羹」「五峰山」「社小路」。
大粒の梅を丸ごと一個使い黄味餡で包んで焼き上げた「梅がわり」。
大粒の梅を丸ごと一個使い黄味餡で包んで焼き上げた「梅がわり」。
愛らしいひな飾りの上生菓子。桃の節句の内祝に。
愛らしいひな飾りの上生菓子。桃の節句の内祝に。
端午の節句を彩る上生菓子。健やかな成長を祈って。
端午の節句を彩る上生菓子。健やかな成長を祈って。
創作上生菓子「母の日のお花尽くし」。
創作上生菓子「母の日のお花尽くし」。
クリスマスをイメージした創作上生菓子。
クリスマスをイメージした創作上生菓子。

小さな町に名店が生まれる「修行」というシステム

小さな町に名店が生まれる「修行」というシステム

「どら焼の末永」と呼ばれてはいるが、饅頭、最中、羊羹といった定番から朝生菓子・上生菓子、カステラ、スイートポテトとそのラインナップは幅広い。今の季節なら、水羊羹などの涼菓にも目を奪われる。その中にあって30年、どら焼はたった1種類だけを作り続けてきた。むらの無いきれいな焼き色の皮の中に、刻み栗入りの餡がたっぷり入ったどら焼だ。

だが、そんな社菓庵末永に今、新しい風が吹き始めている。「抹茶蒸しどら」「黒糖蒸し」と昨年は新商品を相次いで発売している。

「創業以来初めて、ついに新しいどら焼が登場したことになりますね」
「蒸しているので厳密にはどら焼ではないんですけど、息子が修行先から戻ってきて作った新商品です。『蒸す』というのは、うちにとってはちょっと新しいかもしれません」

実は、息子の宗一郎さんも、父と同じく喜久寿で修行している。

「息子の場合、東京の製菓学校に通ってからなんですが。‥‥それで実は、お嫁さんも同じ製菓学校出身の菓子職人なんです」
「えっお嫁さんまで?」
「そうなんです(笑)」
「ご主人に、息子さん夫婦、3人みんな和菓子職人ですか?」
「はい、ふふふ(笑)」

それはなんとも心強い。しかもスタッフは家族だけではない。末永では今、若い人材を採用し、次代の和菓子職人を育成している。将来彼らが独立したとき、そこには末永だけではなく、末永が受け継いだ喜久寿の技も息づいているのだ。「修行」というと古臭く感じるかもしれないが、和菓子の伝統が日本の津々浦々にまでくまなく伝播しているのは、この昔ながらの人材育成システムによるところも大きいのだろう。

自分の住む町にある日オープンした店のどら焼がとびきりおいしかったとしたら、「もしかしたらこのどら焼‥‥」とぜひ想像してみてもらいたい。

接客をはじめ店舗運営や販促は妻のさゆりさんが担当してきた。
接客をはじめ店舗運営や販促は妻のさゆりさんが担当してきた。
昨年実家に戻り、意欲的に新作に取り組んでいる宗一郎さん・里菜さん夫婦。
昨年実家に戻り、意欲的に新作に取り組んでいる宗一郎さん・里菜さん夫婦。
独立開業から30年、和明さん・さゆりさん夫婦は、次世代を育てる立場に。
独立開業から30年、和明さん・さゆりさん夫婦は、次世代を育てる立場に。

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2018年7月31日(火)

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